IKKO.TORCIDA

絵描き/Painter「IKKO/一航」Official Web[ www.ikko.info ] /blog news&diary/Jugamos con la vida!!!


パッ

パッと考えてガッとやる

スピードだねスピード!

爪痕

この日記は11月8日(火)夜に書いたもの

アップ辞めようと思ったけど、これアップしないと何かが喉につっかえて他のブログアップする気にならなかったので、一部追加して本日アップ

僕自身の覚え書き
 
 
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彼に始めて会ったのが去年の夏、初対面の印象は良くなかった

今思えば恐らく酔っぱらっていたんだろうけど、2、3言話しただけで、ずいぶんと失礼な事言うヤツだな・・という印象しかなく、

その日は名前も聞かず終い
 
 
2回目に会ったのが、それから3ヶ月後  今からちょうど一年前

僕が今の家に引っ越してすぐの、引っ越し祝いを兼ねた軽いホームパーティーに友達の友達としてやってきた
 
 
 
前回のやり取りを覚えていないのか、もしくは、もしかして別人?と考えた程、その時の素面の彼はもの凄く低姿勢で礼儀正しかった

前回のは俺の思い違いかな・・なんて考えながらみんなで飲んでいるうち、じょじょに彼の様子がおかしくなり、暴れだした

みんなの会話には入ろうとぜず、ウロウロし、家の障子を破いたりもした

しかし、「そういうのは困る、落ち着いてくれ」と言えばすぐに理解し、そのまま眠りに落ちた
 
 
あっ、なるほど。彼はただこういう酒癖なんだ・・と僕自身も理解した
 
 
 
三回目に会ったのは、それからしばらくたって、彼がリョータ君の手伝いとしてモアイのカウンターで酒を作っている時だった

当然その時には僕も彼の名前を覚えていたので、声をかけ挨拶をした

彼は前回の事を丁寧に謝って来た

彼に悪気が無い事は分かってきていたので、一言「ああいうのは無しね、次回から気をつけてね」と言って酒を買った
 
  
それからはちょくちょく横須賀の飲み屋やイベントで顔を会わす機会が多くなり、その度彼は僕を見つけては丁寧に挨拶をしてくれた

誤解されやすいけど、人一倍気を使う、根のいいヤツだな と僕の印象は初対面の時とは180度近く変わっていた
 
  

そんな彼が5日前、車との接触事故で亡くなった
 
 
自身の誕生日パーティーの帰り、タクシーを降りた後、お礼を言おうとタクシーを追いかけたときに後ろから来た車に轢かれてしまったと聞いた

酒の入った人一倍気を使う彼が、上機嫌でタクシーを追いかけている姿が目に浮かぶ
 
  
 
 
  
ただ、飲みの席でしか会わない彼のその他の部分は正直あまり知らない

いつもあだ名で呼ばれていた彼の本名もお通夜の時に始めて知った

というかあだ名だと思って呼んでいた名が、そのまま名字だったのにも驚いた
 
 
事故を見ていない僕は、言葉として彼の死を知り、言葉として認識しようとしているが

正直お通夜を経験した今でも全くといっていい程実感は無い
 
  
 
 
身近な死は命のあやふやさを再確認させてくれる     
  
 
 
そのうち張り替えようと思っていた障子は未だそのまま、今でもその障子には彼の爪痕が残っている


 
 
僕はこの先何を残せるか
 

     

ほんとのたまに

息を呑む程の凄い絵に出会う

美しいとか、面白いとか、かっこいいとか、そんな言葉なんか何の役にもたたない

唸る事もできない

ただボーっと眺めるだけ

今僕はそんな絵を見てます

昨日から見ていて、やっと文章がかけるとこまで来ました

後頭部まで響く衝撃で頭はズンと重いけど、こんな凄い人が居るんだって気持ちで、心と体は凄く軽い
  
  
   
やる気がでたなんてもんじゃない

Decade


昨日朝起きて聞いた、APPLEの創始者「Steve Jobs」氏の訃報。
 

  
今から約16年前、Microsoft社からWindows95が発売した

それまで進学するなら建築科だなと漠然と決めていた高校2年の僕が、その時から一気にPCという未知の物体への興味を持ち始めた

そのまま希望進路先も「建築科」から「電気電子工学科」へと移り、

当時デザインよりもプログラム志向だった僕は、MacよりもWindowsをより多く利用した

その頃は今程ソフトのマルチ化は進んでおらず、多少ソフトの棲み分けは残っていたが、

以前Macのみだったソフトも、大概のメジャーソフトは次々とWindows版を出して来ており、

PCをただの道具と考えていた僕は、多少のデザインを創る様になってもWindowsでいいや、と思っていた

天の邪鬼な自分の性格からしてもどこかで『デザイン=Mac』という風潮に反発してみたかったからでもある
 

一部の強烈なファンには届くけども、一般層には届かない

各社でハードを作っているWindowsからは到底シェアを奪えない

カッコイイけど、商売としては厳しそうだな・・・

いわばアングラ的であるな・・・と そんなイメージがMacにはあった

僕らが好きなアーティストに思う事にも似ている感覚だった

 
現実的にも多分Appleが一番傾いていた時期でもある

  
 
2002年、そんな僕が初めて自分のメインPCをMacにした

本格的なデザインの現場にはMacしかなく、流石に使えないとまずいな、、と言う事でシブシブ、でもワクワクしながら

ちょうどiPodの第二世代が発売されたすぐ後だった
 
 
当時は知らなかったが、彼がApple CEOに就任したのが2000年

最初のiPodが発売したのが2001年

そこからのAppleの快進撃はみんな知っての通り

10年で時価総額世界一の企業にまでなった

今の僕はWindowsに戻るなんて考えもしない
 
 
  
 
目先の利益を追った末の時価総額世界一ではなく、

自分の理想をとことん追いかけて、素晴らしい製品、作品を創り続け、世の中を変える程の影響を与えた末の世界一
 
 
 
僕は彼には会った事はないので、どんな人物かはとうてい分からないけども、

同じ「物を創る」側の人間として、周りの意見や目先の利益に流されず、自分の信念を突き通す難しさは凄く良く分かる
 
そして結果を出す

 
 
  
自分の信念から生まれた作品を世の中へ伝え、世の中を変える

全ての表現者にとって最高の生き方だと思う
 
 
 
 
ご冥福をお祈り致します

きょふきょーふ

嫌い嫌い嫌いの延長が恐怖?

嫌いをなくせば恐怖も無くなる?


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